キャスト・・・老人
男性
少年
少女
緞帳開く。
男性が下を見ながら歩いている。
少年が辺りを見回しながら走ってそれを追い越す。
反対から老人が現れ、ベンチに座る。男性と少年は既にいない。
しばらくして少女が現れる。老人と少女はちょっとお辞儀を交わす。
通り過ぎようとした少女は立ち止まり、もと来たほうに走って行く。
反対から、男性が下を見ながら歩いて来る。
男性 (立ち止まり、誰にともなく)いや、まいったな。・・・あれがないと、いや、どうも。
老人 なにか、探し物ですか。
男性 おっと、これは失礼。ええ、実はコレを探しているんですがね。(左手首を示す)
老人 ああ、
男性 どうです、ご存知ありませんかね。銀のベルトのヤツなんですがね。
文字盤はこれくらいで、ローマ数字を打ってあるんですが。
老人 いや、存じませんな。残念ながら、
男性 そうでしたか、いや、これは失礼。しかしまいったな。(汗を拭きつつ)
老人 もう大分探されたようですね。
男性 え、はあ、まあ・・・実は小一時間ほど。
老人 それはお疲れでしょう。
男性 いや、まあ…隣、良いですか。
老人 構いませんよ。
男性、ベンチに座る。
男性 まったくどこで落としたんだか。いえね、まったく見当がつかないわけじゃないんですよ。
駅で確かに確かめたんですよ。その時はあったんです。
老人 ほう。
男性 それがね、向こうの角の、ほら、大きな本屋があるでしょう。
そこに着いた時にはもうなかったんですよ。
老人 なるほど。
男性 いや参りましたよほんと。まさかあれをなくすなんて、思いもよりませんからね。
いや、しかしまいった。大変な事をした。
老人 大切な、ものですか。
男性 なに、女房と揃いで買ったヤツでしてね。もう2、いや、30年前になりますかね。
老人 それはそれは。
男性 いやあ、大したモノじゃないんですよ。流石に傷も付くわ遅れるわでして。
老人 しかし、よほど大切になすってたのでしょう。そんなになるまで、
男性 そりゃあ、美代子との・・・っと失礼。女房の名前なんですがね。
記念日に買ったモノですからね、二人で。
老人 ほう、美代子さんと。
男性 ああ、いや、アレですよ。なくしたなんて言ったら女房になんてどやされるか。
あいつ酷いんですよ。この前も飲み会ですこーし遅くなった時・・・いや、失礼。
とにかく、そういう訳なんで、こうして探しまわっている訳なんです。
老人 なるほど。
男性 さて、じゃあもう一回りしてきましょうかね。
男性、立ち上がる。
男性 それでは、失礼。
老人 見つかるといいですね。
男性、去る。
老人はそれを見送った後、立ち上がろうとするが、再びベンチに腰を下ろして膝をさする。
少年が現れる。
少年 あのー、すみません。
老人 はい。
少年 これ、おじいさんのじゃないですか。
少年、時計を差し出す。
老人 (驚いて)君、これをどこで。
少年 そっちの、じはんきのトコ。です。
老人 そうか・・・
君、悪いがそれを、向こうを歩いている背広のおじさんに渡して来てくれないかな。
少年 その人のなの。
老人 そうだよ。
少年 分かっ、りました。
少年、荷物を置いて走って行く。
少女が奥から顔を出すが、きょろきょろした後すぐ引っ込む。
少年、帰って来る。
少年 返しました。ずっとアレ探してたんだって。
老人 そうらしいね。ありがとう。
少年 おれも探しに行かなきゃ。(荷物を持つ)
老人 君も、何か落としたのかね。
少年 ううん、みっちゃんを探してるんだ。かくれんぼ。
老人 みっちゃんを。
少年 うん。髪の毛こんぐらいの女の子。赤いスカートはいてる。
老人 ああ、その子だったらさっきここを通ったよ。
少年 ほんと?
老人 本当だとも。たしか向こうに、
少年 あーっ、ダメ、言っちゃダメ。かくれんぼなんだから。
ぼく・・・おれが探さなきゃダメなんだよ。
老人 そうか、そうだね。悪かったね。
少年 いいよ。
老人 ・・・一つ、頼まれてくれないかな。
少年 何、
老人 みっちゃんを探している途中で、もしこれと同じものを見付けたら、
おじいさんに知らせてほしいんだよ。(左の薬指を示す)
少年 これ?ぼくのおとうさんとおかあさんもおんなじの持ってるよ。
老人 そうかい。うん、そうだろうね。
おじいさんもね、むかし奥さんとお揃いでこれをこさえたんだよ。
少年 そうなの。
老人 そうとも。幼なじみでね、君ぐらいの歳の頃は、おかっぱの可愛い子だったよ。
少年 みっちゃんとおんなじ、
老人 おんなじだね。今にみっちゃんも美人になるぞ。
二人、ちょっと笑う。
少年 じゃあ、探すのは奥さんの?
老人 そうだよ。
少年 あ、じゃあさ、みっちゃん見付けたらおじいさんと一緒に探してあげる。
老人 いいのかい。
少年 うん。みっちゃん探すのうまいんだ。
この前も消しゴム見つけてくれたし、かくれんぼしてもすぐ見つかっちゃう。
老人 それは頼もしいね。
少年 うん。だから、もうちょっと待ってて。
老人 有り難う。
少年、走り去る。
老人、深く座りなおす。
老人 みっちゃん・・・美代子さん、か。
老人、目を閉じる。
老人 みよ子。
いつの間にか少女がベンチの横にいる。
老人の顔を除きこみ、ベンチの上に膝で座る。
老人、目を覚ます。
少女は老人の胸に手をあてる。
少女 ここにあるよ。
手を離し、しばし老人を見つめた後、少女は歩いて去って行く。
それを、老人は何か言いたげに見送る。
老人は少女が手を置いた自分の胸に手をやり、はっとして胸ポケットを探る。
胸ポケットからは指輪が出てくる。
老人 ここに、ありましたか。
緞帳閉まる。