「人、居ないね」 フォーンとアッシュのチェックタイルに、鉄と鋼と革、三人分の足音が響く。 かつて栄えたであろう面影を残した儘凍りついた迷宮の如き神殿は、其の内部に無数のヒトを孕んでいる筈なのに余りにも静かに佇んでいた。 Λ 逆巻ける 美しき 氷壁 「あーあ、折角戦闘系で揃えて来たのに」 先日新調したばかりの片手剣を持て余しつつ銀臼が零した。焔の気を宿した仄朱い刃がちらちらと燈をはためかせる。 「お前が遅れるからだろう」 刹那は横睛で銀臼を睨んで黒髪をかき上げる。 「御免って」 「まぁ、仕方がありませんよ」 笑う様な口調で翠が宥めた。 「さあ、早く進まないと、本当に何方もいらっしゃらなくなってしまいますよ」 睛を見合わせて、駆け出す、三人。鉄と鋼と革の足音が強く早く地を打ち、そして止まった。 居たのだ。人が。 「よっしゃっ、お宝ゲットの」 「良いから早く行って来い」 「了解っ」 呆れ顔の刹那と微笑んだ儘の翠に敬礼し、銀臼は前方に立つ人物に向かって地を蹴った。 彼女、も、銀臼と同じ剣士の様だった。フクシアで縁取った鉄の軽鎧に片手剣の鞘を携え、微動だにせず立ち尽くしている。 『条件』にはピッタリだ。 「あの、スイマセン、」 しかし彼女は動かない。ドーンピンクの暗い睛を瞬きもせず。 「あの、」 「如何しました、」 何時の間にか傍らへ来ていた翠が、神槍の名を持つ重槍を構えた手を緩めて訊ねた。 刹那は未だ刀を下ろさずに、しかも何時でも戦闘に切り替えられる姿勢でいる。 「反応ないの」 「時間切れ、でしょうか」 「いや実はちょっと意識飛んでた丈です」 聴き慣れぬ声に驚愕して二人が後方に跳ぶと、生気を取り戻したかの様に、否、生気を取り戻した彼女が申し訳なさそうな表情で向き直った。 「でも私、主催者じゃないですよ」 「え、」 「あら」 「参加者です。お宝争奪戦の」 何だ、と、残念そうに、しかしホッとした声色で銀臼が呟いた。其れを見てから続ける彼女。 「しかもアレ、ガセでした」 凍りつく三人。特に銀臼。 顔面蒼白、と云うよりも、寧ろスノーホワイトになる迄血の気を引かせた後で、顔を火照らせて捲くし立てた。 「マジでっ、」 「はい、楽しみにしてたのに、」 「だよねっ、楽しみにしてたのに、あーあ何で気付かなかったんだろ」 「ですよね、『上級剣士である開催者と闘って勝ったらお宝』なんて、普通有り得ないよね」 「ねっ」 「ねっ」 「アタシ、銀臼」 「私はクラウス、宜しくっ」 「コッチこそっ、クラウスとは初めて会った気がしないよ」 頬を蒸気させて盛り上がる二人を余所目に、刹那と翠は睛を見合わせた。 「如何、します」 「最深部迄行けば、何かあるだろう」 「ですって、行きましょう、お二方」 「了解」 云って銀臼は走り出す。鉄の具足の足音が、何処か先程より軽快に響いた。少し戸惑ってからクラウスも駆け寄って行く。 しかし。 銀臼は思った。先程の言葉、誇張ではないのだ、と。初めて会った気がしないのだ、クラウスとは。 鉄と鋼と革の足音に少しばかり送れてもう一つ鉄の足音が付いて行く。 トープの影が段々とチャコールまで深まっていく階段の途中で、銀臼は一度上階を見上げた。 冷たく光る大理石で出来た地上が、すっぽりと抜け落ちてしまう気がした。

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