菫色をした黄昏の街道には人が溢れかえっていて、

視界の及ぶ範囲が声の届く範囲に及ばない。

只でさえ背の高くない、華奢な身体つきの蜜朗は、

それでも悠々と俺の横について歩いて見せた。

少しの間この不可解な少年と過ごしたが、

時が経つほど不可解ささは募るばかりで、

例えば夜の早い内から眠ってしまい、

朝は明るくなるとすぐ起き出すのはまるで子供なのに、

鴇の羽を織り込んだ反物だとか、蜂を閉じ込めた琥珀の塊だとか云う

胡散臭い珍品が並ぶ闇市に連れて行った時には、

脇目も振らずに必需品だけを買って来た。

その癖食い意地は張っていて、しかし聞き分けは良い。

やはり蜜朗にとっては花が一番の御馳走らしいのだが、

行く先々で花束なんぞ買っていられないと云う事は心得ているようで、

曰く味は劣るが経済的な道端や野生の花で我慢してやって呉れているとの事だ。

そして恐ろしく睛と耳が良い。

今、こうして俺が、貫禄すら感じさせる器用な身のこなしに感心している間に、

突然蜜朗は微かに顔を上げ、

声すら届かないような人込みの向こうを見詰めて、

そうかと思う内に逆流する人の波の間をするする掻い潜って駆け出した。

予想だにしなかった其の行動に暫く呆気にとられていた俺は、

一瞬置いて後を追おうと思い立ち、

一歩も進まない内に其れを取り止めた。

この雑踏の中を掻き分けて走るなど、

其れこそ子供にしか出来ない芸当だ。

そんな骨折りをするより、此の儘蜜朗の進んだ方向に歩いていけば、

じき目当ての物を手にして帰って来る彼に出くわすだろう、と、そう思ったのだ。

しかし数分も経たずに帰ってきた、

珍しく夜明け色に頬を蒸気させた蜜朗の右手にあったものは、

彼の好物の花ではなく、

其の他の何の食べ物でも見世物の鳥篭でも翡翠の欠片でもなくて、

彼と同じくらいの白い肌をした、黒髪の少年の左手だった。

「此奴、酒天童子」

ぐい、と、蜜朗がその少年の腕を引っ張る。

蜜朗よりは幾分か歳上に見える、酒天童子と呼ばれた少年は、

しかしその僅かな挙動によってぐらりと上半身をふらつかせた。

良く見れば、その肌は白皙と云うよりは寧ろ青白く、

手足も異常な程に細く垂れ下がっている。

肩より少し上で切り揃えた鴉羽色の髪と鞠塵の睛とが

より蔭りを浮き彫りにしていた。

彼をよろめかせた張本人である蜜朗も、流石にその脆弱な様に戸惑ったのだろう、

恐らく俺に少年を紹介するつもりだった次の台詞をうち遣って、

「酒天、」

と、珍しく焦った調子の声と下げた眉尻を以って少年の顔色を窺った。

「大丈夫、あまり食べてないだけだから」

少年はやはり蜜朗よりは幾分大人びた声色でそう答える。

すると蜜朗はいよいよ怒った顔付きになって、

食べてないのは一大事だ、馬鹿だ、とまくし立て、

俺に何でも良いから果物を買って来るよう命じた。

云われる儘に青果市に向かい、袋に一杯の林檎を買った時になって漸く、

俺は酒天童子が、以前蜜朗が話していた、

精製少年シリィズの『果実酒作る奴』だと云う事に気付いたのだった。







































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