其れは、俺が三日目にあの屋敷に押し入った時の事だった。

騒ぎを聞き付けた婦人が女中の流した血に叫び散らして卒倒し、

叫びを聞き付けた使用人共が階段の上と下から押し寄せて、

流石に、どころでなく不味い状況に陥った俺は、

取り合えず近くの扉の中に滑り込んだ。

其処には一人、白いシャツをきっちり着込んだ少年がいた。

耳の辺りで切り揃えられた金の細い髪が俯いた横顔を覆い、

シャツの半袖と膝丈の紺の厚手のズボンから伸びる細い手足は

局所に赤みが差しているのを除くと磁器の様な白さだ。

前髪が睛に掛かっていて表情は読み取れないが、俺に気付いていない筈はない。

しかし少年はまるで関心がないと行った様子で、

申し訳程度の肉付きの指を、やはり白いプランタァの花に差し伸べた。

其の部屋と云うのがまた奇妙な造りで、

白い真鍮か何かの飾りの様な椅子が大小幾つも並べてある、其の上に下に、

間取りなどまるで考えなしに大小の白のプランタァが並べてあるだけなのだ。

プランタァには色取り取りの花、花、花・・・

其の中の、赤い一輪を少年は摘み取り、無造作に、其れを口に運んだ。

大きな窓が向こうの壁に開いている。其方を向いて、花が咲いている。

少年はまた一輪、真っ赤な花を摘み取って口にする。

たった今いた廊下から喧騒が遠く聞こえる。

少年は花を食べている。

俺は少年に近付き、後ろから抱える様にして其の小さな身体を捕まえた。

侵入した時から右手に持っていたナイフを少年の首に宛がう。

起突の少ない喉が花を一輪飲み込んで、少年は口を開いた。

「おじさん、腹減ってない、」

てっきり病気か遅れの子供だと思い込んでいた俺は、

少年の小憎たらしい澄んだ声がはっきりと言葉を紡いだ事に面食らった。

「貧窮に負けて押し込み強盗かよ」

実際問題空腹だった。殆ど何も食べずに過ごした、今日が三日目だった。

「甘いモンで良ければあるけど」

「・・・差し出すから、帰れと、」

「まさか」

少年は、行き成り少年らしからぬ力で俺の手首を掴んで捻った。

体力の限界で元々力の入らない俺は、少年の身体と共にナイフを取り落とす。

少年は其れを俊敏な動作で拾い上げ、切っ先を此方に向けて薄ら笑った。

「御願いがあるんだ」

そう云った声丈は少年らしく高く無邪気だ。

向かい合って真っ直ぐ俺を見据える、其の睛は恐ろしく輝いているが。

薄く輝く茶の少年の瞳。

ああ、俺はあの睛に射抜かれて死ぬのだろうか、と、

最早逃避にもならない現実逃避を始めた俺の脳。

しかし、少年は其のナイフで俺を斬り付ける代わりに、

自分の左手首を薄くかっ裂いた。

「僕を此処から出してよ」

鮮やかに、何の躊躇いもなく切り裂かれた少年の細い手首。

しかし、其処で醒めた筈の頭を持ってしても、少年の腕から血が滴るのは見えなかった。

代わりに、少年の方から差し出した其の白い腕からは、

とろりとした琥珀色の液体が染み出している。

微かに薫る甘い香り。花の、香り。

「舐めなよ、甘いよ」

糖分は即エネルギィに成る。少年はそう言って笑った。

「お前、」

「何、」

「いや、」

何者だ、と、訊こうとして止めた。其れはこの後じっくり訊けるだろう。

「・・・名前は、」

「蜜朗」

「成る程」

俺は少年の折れそうな左腕を取った。

肌理の細かい肌はやはり磁器の様で、其れでいてやはり温かかった。






































SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送