吸い込んだ大気が、身体の中で飽和した。
気付けば菫色の夕焼けは銀朱の浮き雲を従えて高く、朝方の雨の音を掻き消して通り過ぎようとしていた。
アスファルトの地面が緩む。
きっと土の地面は溶け出しているだろうに、陸上部などは未だ練習の最中だ。テニスコートに夜間用の照明が点く。
そんな中で私は一人恋がしたくて。
人生の中で一番輝いているべきであるこの時期に、如何して私はこんな所に居るのだろうと、駅までの温んだ道を歩いた。
湿度が外気を和らげる。液体のような、気体。
憧れていた透明な世界は何処にもないのだと、いや、少なくとも此処にはないのだと、考えながら。
一般的な日本人学生。裕福な人類。霊長類ヒト科ヒト目。
放送部が発声練習をしている横に、小さな天体望遠鏡が折り畳まれていた。
ハレルヤ・コーラス。改札で躓く事はなかった。
心地好い振動が背中に触れて、不意に覚醒すると扉が開いた。人間の匂いと音の折り重なった走性を持つ箱を抜け、再び、
掴めそうな大気に捉まる。
コンクリートの地面にのめり込む。
今私の身体は、内側も外側も何億と云う命に触れていて、その多くは私よりもずっと生きているだろう事を私達は知識として知っている。
ハレルヤ・コーラスの歩調。美しく刈り込まれた庭木の葉から零れる色彩。
人生で一番美しい時期にいる筈の私は、今如何しようもなく抜かるんだ街に佇み、息を吐いて、吸う。毒の様な気体。
ピーターパンであり、シンデレラであるイキモノ。或いはナマモノ。或いは粒子の結合体である原子の結合体である分子の結合体。
或いは精神性。
色々な事に気付いてしまい過ぎた人類は、夢に視た薄紅色の乙女にはきっとなれないのだと、いや、絶対になれないのだと、
気付いていながら、私は一人恋がしたくて。