薄紅の花弁を弛ませて、鈴やかな音で響いた、声。
>御機嫌よう
aliceだ。それもとびきりの。有栖山はそう思った。
aliceだ。
只の不条理なんてモノじゃない。何しろ花が話し掛けたのだ。そして其れを、何食わぬ顔で受ける、兎。
否、兎ではなく、宇佐見なのだが、その小さな身体と色白の肌から皆に兎と呼ばれていた。
>今の、
有栖山の問いに微笑みを返し、兎がチョッキから懐中時計を取り出して言った。
>さぁ急ごう。クィーンココロのクローケ試合は明々後日の一時二十四分からだけどね。
兎が開いた翠玉の扉の奥には、漆塗りの壁に金銀象牙でタペストリーをあしらった絢爛豪華な大部屋が。
硝子の代わりに金剛石が嵌め込まれた窓には藍玉と青金石の吹き出す噴水が映り、
紅玉と瑪瑙の炎が蝋燭の上で揺らぎもせず凍り付いているその部屋に、兎は躊躇いもなく侵入する。
>いいの、
>何が、
>だって此処は、如何考えても木の虚や兎穴なんかじゃない。
>そりゃそうだよ。此処はお菓子の家なんだから。
兎は紅玉の炎を一粒摘んで口に入れた。
怪訝な顔をする有栖山を気にもせず、結晶を噛み砕き、呑み込む。
全く以って、aliceだ。
>要らないの、
>要らないよ。
>こんなに美味しいのに。
もう一粒紅玉を口に運んで、兎は更に奥へと歩き出す。
>何処に行くの、
部屋の反対側の壁のもう一枚の翠玉の扉。房飾り付きの真鍮の取っ手に手を掛けて、微笑む、兎。
>不思議の国。
aliceだ。有栖山はそう思った。何しろ其の扉は兎に角小さい。其れこそ、兎一匹分だ。
しかし喋る花と宝石の家の次には、何が出てくるだろう。
やはり、aliceだ。
>不思議の国。
ならば行ってやろうではないか、と。aliceは帰って来れたのだから。眠りから。兎の案内は当てに出来ないけれど。
自分は、信じて。