ソレは突然空から降ってきた。
ソレはとても柔らかくて、太陽の光を透かした明るい青色をしていて、ふわりと私の髪の上に覆い被さった。目の前が真っ青に染まる。
最初、空が落ちてきたのかとが思った。幾層にも重なる空の層の一枚が、剥がれて、風に吹かれて降ってきたのかと。
それ程までに、ソレはあまりにも秋の空の色に酷似していた。
頭を振ってソレを手の上に落とす。さらりとして少し冷たい手触りが心地よい。指と指の間の窪みに滑り込む感覚もまた格別で、
しばらく私は水を掬う形にした両手でソレを玩んだ。
するとソレが降ってきた方向、風上の上空から、細い声が聞こえた。
「じゃあ、ソレ貴女のなんだ」
「そう。ありがとう、ひろってくれて」
「ううん、イイよイイよ。拾ったっつったってソレが頭に落ちてきただけだし」
「おもくなかった、」
「え、」
「ううん、なんでもないの」
「そう、」
「うん」
「そ。なら良いけど」
ソレの持ち主の少女は白いふわふわのカットソーに紺色で厚地のキュロットスカートを穿き、
おませな事に、恐らく母親からのお下がりであろう赤いブローチを胸元に付けていた。
その洋服の趣味があまりにも幼い頃の自分と似ていて、思わず笑えてしまう。ブローチが斜めになっている所までソックリだ。
しかしその髪はくるくる巻いた、多分に天然のパーマで、割と茶色がかっている。クリスマスの劇で天使役でもやるんだろうな、と思う。
重くて多い私の髪とは大違いだ。
「おねえちゃんは、ちゅうがっこう、」
「ん、いや、高校生」
「こうとうがっこう、」
「あーうんまぁ高等学校生だわな」
「つばめはね、もうすぐ2ねんせい」
「小学校、」
「ううん、アオゾラがっこう」
「へ、」
「ううん、なんでもないの」
少女の部屋の南の窓には、空色のカーテンが一面に掛けられていた。
差し出されるままに履いたスリッパも青空と雲模様、子供用ベッドのカバーも水色、玄関にあった小さな靴も青いジーンズ地で、
でもそれらのどの空色も、ソレの青さには敵わないのだ。
ソレは今少女の手の中にある。あれだけ大きくて、弾力があって、私の顔を覆い尽くしてしまう程の物が、
今は折りたたまれてチューリップの花のような両の手にすっぽりと納まっているのを見ると、何となく不思議な気分になる。
すると、私が熱心に見詰めているのに気付いたのだろうか、少女はソレを一気に広げてみせた。
限られた空間で見ると、ソレはひときわ大きく目に映る。
緩やかに襞の寄った表面は、窓からの午後の光を孕んで翻り、少女の正座した膝の上に落ちた。
思わず私は身を乗り出す。
「ところでさ、ソレ、何、」
「どれ、」
「決まってるじゃない。その青いひらひら」
「きまってるじゃない、」
「空だよ」