「こ・・・れ・・・」
玲は辛そうに声を絞り出す。
くすくすと、黒翼の玲は笑う。
無邪気な子供のような笑顔だが、それは全く違った意味をなしていた。
「どうだ、懐かしいだろ」
「・・・・・・」
「懐かしくないのか?お前の母親(・・)だろ」
玲には聞こえているのか分からない。
ただ目の前の光景を虚ろな瞳で見つめ続けている。

くいっ、

「・・・!」
玲は服を引かれ、驚いてその相手を見、
「あ・・・」
さらに驚いたように声をもらす。
そこには幼い頃の玲がいたのだ。
にっこりと愛らしい笑みを浮かべているが、小さな瞳には虚無が溢れている。
「・・・・・・」
振りほどく事も、それどころか触れる事すらせず、玲は彼を見つめる。
あの頃、この虚無に気付いた者が何人いただろうか。
彼は何も言わずに闇に走っていく。
「待って・・・!」
止める暇など、ない。あっという間に後姿は消えていった。

「お前、まだ平気なんだ?」

黒翼の玲は問うように言う。
「じゃあ、これならどうか、な」
ぱっ、と風景が変わり・・・
「や、め、」
先程よりもずっと悲痛な声。
そして。


「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」




つぅ、

「!」
玲の頬を涙が伝う。最早一刻の猶予もない。
「・・・行きます。力を貸して下さい。」
「くれぐれも気をつけて下さい。
 下手をすると、貴方もろともレイの闇に取り込まれかねません。」
念を押すコーマに、頷き返す愁。
玲を取り戻すたった一つの方法。それは玲の心に入り、玲の心を浮上させるというものだった。
しかし、かなりの危険が伴う。何しろかき回された心の中に、更に侵入する事になるのだ。
細心の注意を払わなければ、相手を更に深い心の闇に追い込んでしまう可能性もあるし、
ともすればその闇の深さに術師が捕らわれてしまう事もありうる。
しかし逆に、だからこそこの役目は愁にしか果たせないのだ。
「玲の額に手を当てて下さい。アリューシャン、貴方はシュウに触れて・・・
 行きますよ」
詠唱が始まる。

(玲・・・!)

何とも言えぬ感覚の後、愁は落ちていくような浮遊感を味わっていた。
(ここが玲の心の中・・・?)
暗い暗い闇。めげそうになるくらいに深い闇。
(玲、今行くからな・・・!)
それでも愁は前に向かうのだ。
変えがたい親友の元へと・・・



玲は涙を流し続けていた。
「思い出したろ?」
黒翼の玲はそう言って玲を覗き込む。
「・・・・・・」
玲は答えず、膝を抱えたまま泣くだけだ。
「それに、」

「おやめなさい」

更に黒翼の玲が言いつのろうとした時、凛とした声が響く。
「お前・・・!」
金髪の女性が、立っていた。長いウェーブがかかった髪がさらさらと音を立てる。
「レイ・・・」
女性が玲を抱き締めた。その時、ふっと玲の瞳に光が宿る。
「あ・・・なた、は・・・?」
くすっ、と女性が笑う。
「私はあなた。そして、伝説よ」
きょとんとした玲にウィンクして、女性は黒翼の玲を見つめる。
「去りなさい、まやかしの(あなた)」
苦々しい顔で、黒翼の玲は消える。
それを見届けて、女性は強く玲を抱いていたその手を緩め、玲の目を見た。
「さてと、レイ。人には誰だって闇はあるわ
 でもそれに負けちゃいけない」
「はい
 あの!」
「ん?」

「あなたは誰です、か」

きょとんとした表情が、一気に笑顔に変わる。
「まだ、分かってなかったの?
 言ったでしょ、私はあなたで伝説だって」
「???」
さっぱり事情の掴めない玲。
その顏を見て、ますますいたずらっぽい笑みを浮かべ、女性は続ける。
「同じ“レイ”の名を持っているのに」

『レイという名の男装名を・・・』

「あ、」
思い出した。
伝説の、姫君だ。
「ようやく分かったかしら
 私はフィユリア。初めまして、レイ」
「あ、初めまして」
その笑顔と衝撃的な事実に、思わず挨拶を返す。
・・・が、今はこんな事をしている場合ではないのだった。
「あの、どうやってこっから出れば・・・」
「大丈夫」
「え?」
にこにこ笑うフィユリアに、玲は不思議そうな表情をする。
「お迎えが来てるから・・・そろそろ行かないと
 またね、レイ」
そう言って、光に包まれ、フィユリアの姿は消えた。

その約1分後。
「玲!」
「お、愁。やっほー♪」
上から降りてきた愁に、玲は暢気な声をかける。
トンと玲の横に着地すると、愁はそれまでの必死な形相を崩し、呆れた声で言った。
「お前、アホか。何だそのテンションの高さは」
泣いてたんだろうが、と顏を指差されて
「えー、だってぇ。愁がふよふよ降りてくるから悪いんだよ」
天使様ってっかーんじ?とちゃかす玲。
かあっ、と愁の頬に朱色が走る。
「おまっ、だから、あれは、」
(おっもしれー)
滅多に見られないうろたえた愁の姿は、本人には悪いが面白い以外の何物でもない。
「〜〜〜・・・大体お前が悪いんだろ!
 心配かけさせやがって」
「悪い悪い。

 ・・・もう、平気だから」

「・・・そうか」
「うん、じゃあ帰ろっか」
「だな」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・で、どーやって帰るんだ?」
玲のもっともな疑問。
「さぁ?」
「さぁって、人の心に入って来といて無責任な」
「仕方ないだろう、一刻を争う状況だったんだ
 後の事は二人に任せて来たんだよ」
「二人?」
『願うだけで良い。ただ、強く』
「うっわあ!」
「!」
驚く二人の背後には、獣の姿のアリューシャン。
「アリュー!お前もいたのかよっ」
『主、とりあえず願え』
「ストーップ。何それ、『主』って」
「・・・ッ
 何でもない、レイ」
こちらもやはり珍しく、口ごもるアリューシャン。
「・・・ふうん。ま、いっか
 で、願うだけで良いの?」
『ああ』
「んじゃ、帰りたい×100」

すると、辺りに光が溢れ・・・

「って、そんなんで良いのかよ!」
愁のツッコミは光でかき消された。
そして、アリューシャンの沈んだ表情すらも・・・



「ん・・・んんっ」
玲は瞳を開いた。そこには不安そうなコーマの顏。
「大丈夫ですか、レイ!」
「うん、大丈夫。アリガト・・・
 って、うわっ!」
自分が血まみれな事にようやく気付いた玲は間抜けな悲鳴を上げる。
「ヤベっ、洗濯大変だよな!?」
「何馬鹿な事言ってんだ、玲」
同じく血まみれになった愁がいつものように呟く。
「だって〜〜〜」
『それでは、レイ』
一人血に汚れていないアリューシャンが、そう言って静かに消えた。
「アリュー?」
何かあったのだろうか。さっきから様子がおかしい。
アリューシャンのいなくなった方向を見て、玲は首をかしげた。
「さあ、戻りましょうか」
コーマの声に我に返る。
「あ、うん、でもさ、」
「この格好を見て、卒倒しないと良いんだが」
玲の言葉を愁が引き継ぐ。
「・・・どうでしょうね」
コーマもそれに苦笑で答えた。


その後、森に悲鳴が轟いたのは言うまでもない。


















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