時は少し遡る。
玲と別れた後、愁はドンドンと見えない壁をたたき続けていた。
「玲、玲!玲!!」
声は、届かない。
「くそっ・・・」
『シュウ』
不意に背後に気配と声が現れた。
「! アリューシャン」
立っていたのは青年の姿をした封印の獣だ。
玲が結界をすり抜けた時、剣を落としていったのだろう。
『この結界は私が解く。だが・・・』
「だが?」
『かなり強力なものだ。時間が掛かる。
 その間にコーマ達を呼べ』
コーマ・ガゼロッタなら、と、それ以上に言葉を続けず、アリューシャンは壁に手を触れた。
「分かった」
あらかじめ打ち合わせてあった通信魔法の詠唱にかかる愁。
・・・だが、呪文は完璧のはずなのに、術は発動しなかった。
呼びかける声はかき消され、耳に入るのはノイズばかり。
「呪文無効化の魔法か・・・」
断念した愁は、コウ、ウルフ、タロサに向かって言った
「コーマ達を呼んで来て欲しい。できるだけ、早く。
 ・・・頼めるか?」
「わかった」
とウルフ。
「もちろん、レイ兄貴のピンチだしな!」
とコウ。
「ガウ!(まかせろ!)」
とタロサ。
「頼んだぞ、3人とも」
こくん、とうなずき全力で走り出す3人を見送り、愁はため息をついた。
(無事でいろよ、玲・・・!)
嫌な予感を振り払うこともできず、愁はただただ待つしかなかった。
それが今、彼にできる唯一の事なのだから。


玲は瞳を開けた。
「ここ・・・」
闇の中に一か所だけスポットライトがあたったような場所。そこで玲は寝ていたのだ。
「あれ、確かプロストって奴に・・・」
光がバーンで闇がボーンで・・・
「・・・オレ、死んだのか・・・?」
となると、ここが死後の世界か。さっびしー所だな。
などと、ぶつぶつぼやいていると、

「違う、ここはお前の中だよ」

「!」
振り返ると、そこには黒い翼を生やした玲が。
「・・・鏡?」
「それも違う。俺はお前。」
間髪いれずに帰ってきた声は、まごう事なき玲自身のもの。
「オレが二人いるわけないじゃん」
双子じゃあるまいし、と玲。
「・・・最初っから説明させてくれ」
「うん、別にいいけど」
頭の痛そうな黒翼の玲の提案に、玲は答えた。
そして約10分。
「つーまーりー、ここはオレの心の中で、
 あの術?はオレの心の闇を使ってせーしんほーかいってのを起こすモンなんだ?」
「そうだよ」
ぱんぱんとありもしない砂をはたく動作をして、黒翼の玲が立ち上がる。
「へぇ」
玲は笑う。ただ理由もなく笑えた。
彼らしくもない笑顔。
「そういうワケだから、今から見せてやるよ、オレ(オマエ)の闇を」
「闇って、」
ゆらり、と空間の闇が歪んで、
その先に、先程までとは違う闇が広がっていた。


どれ程時間が経っただろう。
コウ達はまだ戻って来ていなかった。が、
『解けた』
アリューが不意に呟き、見えない壁のあったその向こうへ一歩踏み出す。
入れる。
それを確認し、アリューシャンは閉ざされていた奥に向かって走った。
愁も後に続き走りだす。そして、気付いた。
「この臭い・・・!」
『血、だな』
愁の言葉に応えながら、アリューシャンはあの時の事を思い出す。
今は遠い記憶。
二人は一段と速度を上げた。
息が上がり始めた頃に、開けた場所に出る。
小広場といった雰囲気のそこにあったのは、死と、そして、

「玲!」

血溜りの中で倒れている玲に駆け寄ろうとして、愁はアリューシャンに止められた。
「何を、」
アリューシャンを糾弾しようと、その手を振りほどくように振り返った愁。
しかしアリューシャンの視線の先には、人影が。
「!」
青年は一人立っていた。血まみれで。
『お前がやったのか』
静かなアリューシャンの口調。しかしその瞳の奥には明らかな怒りの色が混じっている。
「そうだ。
 もっとも、そこの坊やはまだ死んではいないがな」
敵の言葉ながらも、ほっと胸をなでおろす愁。
しかし、それも束の間。
「だが時間の問題だ。
 いずれ坊やは己の闇に取り殺される」
そう言い残し、青年は消えた。
「己の、闇・・・?
 ・・・玲!」
我に返った愁は玲に駆け寄り、まず怪我の手当てをしようとした。
しかし、どうやら周りに倒れている者達が流した血に染まっているだけで、外傷はないようだ。
「玲、起きろ!」
そうと知った愁は玲の体を揺すぶるが、玲はピクリとも反応しない。
『無駄だ』
非情にもそう言い放ったのはアリューシャンだ。
『主は術を掛けられている。
 このままでは・・・』
「・・・・・・」
沈黙が下りる。
それを打ち破ったのは彼ら意外の声だった。
「シュウ!アリューシャン!」
コーマだ。走って来る。
「コーマ!
 ・・・葵夏達は、」
「結界の跡地で待たせてあります。
 何かあるとは思いましたが・・・これ程とは」
その判断は正しかったと言って良いだろう。
この光景は、少女達に見せるには・・・残酷すぎる。
「この方々が私達の探していた盗賊団に間違いないでしょう」
「コーマ!それより玲が!」
愁の悲痛な声に、コーマはしゃがみ込んで玲を覗きこんだ。
「これは・・・」
一目で魔法を掛けられていると見抜くコーマ。目線で二人に情報を請うた。
「己の闇に取り殺される、と」
『マインドシャドウだ』
黙っていたアリューシャンが口を開く。
「え、」
「貴方も、そう思いますか・・・」
「ちょ、どういう事なんですか!」
珍しく取り乱した様子の愁に、コーマは重々しい口調で告げた。
「マインドシャドウとは、精神に作用するタイプの魔法の一種です。
 自分の心の闇、例えば誰しもが持つような利己心や恐怖心、
 あるいは暗い思い出や先への不安で精神を埋め尽くし、やがて心身ともに崩壊させるというもので・・・

 このままでは、目覚めることなく衰弱死してしまいます」

「何とかならないんですか!?」
愁は必死の形相でコーマを見つめた。
「・・・ここまで術が進行してしまっているとなると、
 闇の侵食を食い止める方法は、一つだけです」
「教えて下さい!
 俺、何でもしますから!!」
「ですが、」
『危険だ。お前だけでなく、レイにとってもな』
一つ誤ると、二人とも心を壊してしまいかねないという。
『それでも、』
やるか、と、後は瞳だけで問うアリューシャン。
しかし、まっすぐに彼を見つめ返す愁の瞳には、迷いはなかった。

「やります。
 こいつに、俺は助けてもらったんだ。
 その借りを今返してやる」

『コーマ』
愁の決意を受け取り、アリューシャンは魔道師を促した。
「分かりました。その方法とは・・・」
それを聴き、愁は驚きの色を浮かべた。



















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