ゆっくりとリィールは深い溜息をつく。
ミラーノ戦で敗れた玲は愁達の手によってすでに宿へと運び込まれていた。
リィールは一通り回復魔法をし終えまじまじと玲の顔を覗き込む。
幾分か顔色はよくなったようだ。
安堵から微かに表情を和らげ顔を見つめる。
柔らかな光の元に眠る玲はまるで絵のようでリィールをとらえて離さない。
そっと手を伸ばし髪に触れる。男の子にしてはさらりとした感触。

「ん・・・っ」

不意に小さな呻き声が聞こえ慌てて手を退かす。
ゆっくりと目蓋を開いた玲とばっちり目が合い、顔に熱が集まって赤くなるのがリィールにも分かる。
「あれ・・・俺なんで・・・」
体を起こし不思議そうに周りを眺め呟く玲にリィールは軽く肩を竦め。
「大会の事覚えてる?」
「あ・・・そっか、俺負けたのか」
思い出し小さく苦笑し髪を掻く。
「情けないとこ見せちゃったな・・・」

「そんな事無い!」

「リィール・・・?」
思わず立ち上がり強く反論する彼女にきょとんとする玲。
名前を呼ばれはっとしたようにリィールは顔を赤らめドアに向かい。
「み、皆に起きたこといってくるね?」
パタパタと掛けていく音を聞きながら玲は首を傾げた。



しばしして、宿の一室に9人と1匹が集結した。
ベッドから完全に起き上がった玲、それを心配げに見つめるリィール、まだ寝ているように言う愁とコーマ、ライゼル。
単純に玲が目を覚ましたことを喜ぶコウとタロサに、怪我人にあまりひっつかないよういさめるウルフ。
そして何故か玲を負かしたミラーノ。聞くと今大会でも優勝を果たしたらしい。
それから、最後に部屋に入って来た人物が、もう一人。
「アリュー??」
そう。そこにいたのは、コーマの屋敷で一度だけ見た、青年の姿のアリューシャンだった。
『どうした』
「いや、どうした、はオレのほうが訊きたいんだけど・・・
 それにミラーノまで」
自分を見舞いに来たのだろうか、と玲は一瞬思ったが、ミラーノの渋い顔を見るとどうもそれも違うようだ。
目が合ったか合わないかのうちに、彼女は苦々しく口を開いた。
「それはこちらこそ訊きたいな。

 私が<使い>だとか何とか・・・此奴が」

言って横目でアリューを見る。
「ミラーノも<使い>?」
『ああ』
「だから、」
当人を置いて交わされるやりとりに、苛立った様子こそみせないものの、ミラーノの語調はどことなく荒くなっていく。
ん゛ーーーー、と、ぼそぼそ頭をかく玲。こういう説明は苦手なのだ。
どこから話そうかと視線を泳がせている間に、コーマによる講義が始まったのだった。


「成る程な」
一通り解説が終わると、ミラーノは小さく呟いた。
「それで、旅に付きあえ、と?」
「まぁ、そういう事なんだけど・・・」
言ってから、ふと皆は考えた。果たして了承してくれるだろうか。
ライゼルの時は彼に行くアテがなかったので気軽に誘えたのだが、彼女は栄えある闘技大会優勝者(しかも2年連続)だ。
今までの旅で知ったのだが、この辺りでは腕の立つ者を護衛や魔物退治のために傭兵としてスカウトしているらしい。
きっと色々な仕事の依頼で引っ張りだこに違いない。
もっとも、そんな人物が仲間になってくれたら、頼もしいことこの上ないのだが・・・
これらの一瞬の不安を読み取ってか、しかしミラーノは平然として言ってのけた。

「良いだろう」

「えっ、決断早っ」
「悪いか?」
――――――ぷれっしゃぁ。
「イエベツニ」
(流石元軍人パワァ。)
変なところで怖いんだよなぁ、と、玲はまたもダラスの事を思い出す。
「というか、」
ミラーノの言葉でトリップから戻される。
「私も丁度コルパへ向かっていたからな」
「へ、何で?」
疑問を口に付いた葵夏。思わず、といった風だが、口数のあまり多くないミラーノにはちょうど良いタイミングの質問だ。
「お前達と同じだ。
 彼処が魔物の発生地だと聞いてな」
「ふーん」
「ま、なにはともあれヨロシク!」
完全に現実に戻ってきた玲が、今度は仲間が増えた喜びにテンションを高くする。
新しい仲間に右手をさし出した。しかし。
「・・・?」
怪訝な顔をするミラーノ。いや、彼女ばかりでなく、その場にいる半数はきょとんとした表情を浮かべている。
「ホラ、握手だよ握手」
「「アクシュ・・・?」」
玲、愁、葵夏以外の全員が首をかしげた。
もしかすると、この世界(or地域)には握手の習慣がないのかもしれない。
「うーんと・・・挨拶とかで、こうすること」
言って、玲はその手を愁に向ける。その意を汲んだ愁は玲の手を握りかえした。
「ゆーこーのあかし、ってヤツ?」
その手をぶんぶん振ってから、再びミラーノに手をさし出した玲。半ば強引に彼女の手を取り、やはりぶんぶん振ってみせた。
「へぇ・・・レイ達の国には、そういう文化があるのね?」
リィールが言いながら、まねして葵夏に握手を求める。葵夏も笑ってそれに答えた。

「あ!それと自己紹介自己紹介!その様子じゃどーせまともにやってないだろ?
 オレはもう良いだろうから愁から!」

また調子っぱずれの正論をもち出す玲。俺からかよ、と苦笑を漏らしながら、とりあえず簡単な自己紹介を愁が始めた。
「シュウ・ハギハラです。
 玲と同じく、違う世界にいた一人で、あと一人・・・」
「アタシも二人と同じ世界から来ました。
 キナツ・イクノです。宜しく!」
と、『名・姓』の順の名乗りも慣れたものだ。
「私はコーマ・ガゼロッタ。アリューン村の長の家系の者です。
 こちらが妹の、」
「リィールです。」
「・・・妹・・・?」
小さくお辞儀したリィールと、背をかがめた彼女よりもさらに小さいコーマを見比べて、怪訝な顔を浮かべるミラーノ。
だが先ほどの、事の発端の話を思い出してか、すぐにその疑問は解消されたようだ。
「ボクはコウ・ラスプだ!」
「・・・ウルフ・ラスプだ」
「ガウ!」
「こいつはタロサ。ボクたちは人狼族なんだ。
 ここよりもうちょっと東の方に住んでたんだけど、アニキ達について来た」
身内3人を代表してコウが言う。
「ライゼル・ケイヤシ・カルナックです。
 えっと・・・宜しくお願いします」
武人に自分が家出したカルナック家の息子である事を見抜かれるのを懸念してか、ライゼルだけは出身を語らなかった。
だが『カルナック』と聞いた瞬間、微妙にミラーノが表情を動かしたことに、気付いた者もいるにはいた。
最後に残ったアリューシャンに、皆の視線が集まる。
『我が名はアリューシャン
 玲に仕える<封印の獣>だ』
オオトリに相応しい、厳かな声を持つアリューシャン。
ミラーノはそれでようやく納得がいったようで、今まで呟くようにしか反応してこなかったのを始めて改めた。
「するとお前が、剣に封ぜられし導く者、か」
『そう言われることもある』
「なんだ、ミラーノ伝説知ってるんじゃん」
驚きにあきれを混ぜたような声色で葵夏が言った。
「あぁ・・・
 何分私の故郷に伝わるものとは若干違っていたからな」
そこで、ふ、と遠い目をして。

「―――伝説、か」


















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