「ではこれより、第58回ラスール闘技大会を開催いたします」
どっ、と歓声が響く。
エントリー人数は42名。公平かつ安直にくじ引きによるトーナメント形式の対戦だ。
―――そして運が良かったのか悪かったのか、玲はその一回戦に見事当選してしまったのだった。
「今回の大会は参加者が過去最高、今までになく盛り上がっております。
 審判はアルファウス・ファンドラ、
 司会・解説は私、ロイ・ファンドラが勤めさせていただきます」
音声を拡大する魔法でも使ったのだろう、まるでマイク越しのように聞こえる司会の挨拶の後、またも歓声が沸き起こる。
玲は入場ゲートの中でしばらくしゃがんで、気持ちを落ち着かせていた。流石の玲でもこういった席では緊張するのだ。
大丈夫、一週間特訓もしたし、剣は今まで一緒に戦ってきたアリューシャンだ・・・
そう考えてはみるものの、鼓動は静まるどころかどんどん早くなっていった。

―――開催にあたっての祝辞やら何やらの間そうしていたのだが、ついに本戦の時間がやってきた。
「さて、さっそく第一回戦を開始いたします。
 東ゲートから登場しますは、大会参加3回目、しかも着実に力をつけてまいりましたウォン・ガーダス選手です!」
向かい側のゲートが開いて、長い金髪を一つに結んだ色男が闘技場に現れた。
手にした得物は槍だ。長年愛用しているものらしく、使い慣れた感がにじみ出ている。
「対するは今大会初出場、しかも最年少出場者であるレイ・アオキ選手です!」
ごくりと唾を飲み込んで、玲は西ゲートから闘技場へと足を踏み出した。歓声と日の光、そして妙な高揚感に包まれる。
「もう一度ルールを確認します。
 武器と己の肉体以外を使った攻撃は無効、どちらかが倒れるか降参するまでの対戦どなります。
 また、騎士道に由来を持つ大会ですので、人道的に相応しくない戦いと判断された場合には審判の判断で中断させることもあります。
 もっとも、戦闘法に関しては基本的には何でもアリですし、過去にその制裁を受けた例はありませんが。
 ・・・では、両者前へ!」
司会の声と審判の合図で、二人は闘技場の中央へ向かう。円形のコロシアムの周りを、ぐるりと観客席が囲む造りになっていた。
向かい合うと、不思議と緊張は解けた。残ったのは一歩踏むごとに増していったあの高揚感。

「第一回戦、開始!」

合図と同時に玲が踏み込む。
一方ウォンは、間合いを開けたほうが有利と後方に飛び退き、すかさず突きを繰り出した。横に跳んでかわす玲。
ウォンが槍をそのまま横に払う。それをも俊敏に避けて、玲は一気に間合いをつめた。
ガキッ
鈍い音がして、振り下ろした剣に圧力がかかる。
ウォンが、アリューシャンを槍の柄で受け止めたのだ。すかさず鳩尾めがけて蹴りを繰り出す。
何か、ウォンの靴の先が光って見えた。
寸でのところで飛び退く玲。着地と同時にもう一度跳んで槍をかわした。そして先ほどの光の正体を見極めた。
「何でもアリってこのことかよっ!?」
思わず叫ぶ。ウォンの靴に、金属の棘が仕込んであったのだ。
だが・・・
「もう一回っ・・・!!」
玲はまたも間合いに突っ込んで、先ほどとまったく同じように剣を上段に構え、振り下ろす。
しかも、わざと遅く。
ウォンはやはり同じようにして、槍の柄でそれを受け止めた。
が、

ビキィッ

「なっ・・・」
嫌な音が走る。もっとも、玲にとっては期待していた音であるが。
そこでようやく玲の思惑に気付き、ウォンはその端麗な顔をゆがめた。
そう。玲が狙ったのはウォン自身ではなくて、彼の得物だったのだ。
ウォンが一瞬ひるんだ隙に、さらにもう一度同じ所を叩く。
すると今度は何とも爽快な音を立てて、だいぶ痛んでいたのだよう槍は見事に真っ二つに折れてしまった。
「これはすごい、武器破壊です!」
おそらくいままでも解説をしていたのだろうロイの声が、ようやく耳に入ってきた。そして、自分に向けられている観客の歓声も。
「・・・参った、降参するよ」
苦笑を浮かべたウォンがそう言った。途端にまたも歓声が上がる。
「第一回戦、勝者レイ選手です!」


―――・・・勝った・・・―――


「あっ、レイが帰ってきたわ!」
リィールの声に、観客席にいた皆はいっせいにこちらを振り向いた。
「おつかれー、勝ったね!」
「おめでとう」
葵夏と愁の言葉に照れ笑いをする玲。他の皆も口々に玲の健闘を称えた。
と、そのときロイの声が響き渡った。
「続いて第二回戦です。
 東ゲートは歴戦の凶戦士、グラッツ・ムーダ選手!」
先ほどウォンが登場したゲートから、今度はデカくてゴツい上半身裸の男が出てきた。手にはこれまたデカい斧。
観客の歓声も、今までと比べると何だかブーイングに近い感じがある。
紹介文にあった『凶戦士』の異名から、あまり褒められた功績の戦士ではないのだろう事がうかがえた。
「そして西ゲートからは・・・」
と、ここで妙な溜めを入れてから、司会者は厳かに次の言葉を紡いだ。
「昨年度、突如現れた十代の少女が見事優勝を勝ちとった時には、誰もが我が目を疑ったものです。
 しかしその実力は本物!今大会でも優勝候補の一人に数えられています、ミラーノ・ラディックス選手!!」
ど、っと会場が歓声の渦に包まれた。そして、西ゲートをくぐって現れたのは・・・
「あの人、まさか、」
「食堂で会った奴か・・・!?」
青い髪、緑の服、手には巨剣を構え、腰にもサーベルを装備している。
間違いなく、一週間前に宿の食堂で相席になったあの青年だった。
・・・否、青年という表現は、あまり適切ではないかもしれない。
「アイツ女だったのか!?」
「玲っ、ツッコミどころはそこじゃないでしょ!」
「だっててっきり男だとばっかり」
「ぼくもそう思ったけど・・・」
「それより、

 昨年度優勝って・・・」

「第二回戦開始!」
ロイの実況に、はたと我に返る一同。すぐさま闘技場へと向き直った。
肩に担いでいた十分なリーチを誇る大斧を、開始同時にいきなり振り下ろすグラッツ。
―――が、ミラーノは既に背後に回りこんでいた。
グラッツが振り返る間もなく、首の後ろに剣が突きつけられる。
「・・・降参、だ・・・」
大柄なグラッツが小さく見えるほど萎縮して言った。
またしても、いや、今度はロイの声が聞こえないほどに大きな歓声が闘技場を駆け抜ける。
「え、早スギだろ!?」
「強すぎ、の間違いだな」
度肝を抜かれた玲に、冷静ながらもあっけにとられた愁が訂正を入れる。
確かに、強すぎだ。相手がそれほど弱いようにも見えなかったのに。
「・・・レイ、」
「何だ?リィール」
「これが二回戦ってことは、レイの次の相手・・・あの人よね?」
「・・・・・・あ。」
(マジかよ、前回優勝者とイキナリ当たるのかよ!?)
玲が頭を抱えていると、ポン、と誰かが肩に手を置いた。
「貴方なら大丈夫ですよ、ベストを尽くして下さい」
「コーマ・・・」
「お前らしくないな、さっきみたいな勢いで行って来いよ」
「応援してやるからさ」
「「「頑張れ!!」」」
「ガウッ!」
「・・・がんばって」
「皆・・・」
うわ、これってスゲェ感動のシーンじゃん?
ふとそんな思いが頭をよぎり、おかしくなると同時に何だか力が沸いてくるような気がした。
「ああ、行って来るよ!」
笑いながらそう言って、玲は選手控え室に戻った。


・・・とはいっても。
(よく考えたら、あと何試合も残ってんじゃん。
 あーあ、観客席で試合見てたほうが良かったかなー・・・)
控え室の入り口に着いて、遅かったが気付いた玲。しかしああ言って来たからには戻るに戻れない。
控え室といっても、選手が座ったり飲食したりイメージトレーニングしたりできる、共同のフロアのような所だ。
フロアに入って少し辺りを見回す。
すると、よほど奥の方が好きなのか、一番隅にある丸テーブルの所に腰掛けたミラーノがいた。二つある椅子の一つは空いている。
「コンニチワ、」
近付きながら、玲は彼女に声をかけた。
「蒼・・・じゃない、レイ・アオキ」
「宿で会ったな、確か。一回戦突破おめでとう。」
やはり愛想は良くないが、嫌味っぽくなく言われたので玲は少し安心した。
「そっちこそ。
 ・・・前回優勝者だなんて全然知らなかった」
「だろうな。知っていたらあんな風には話しかけてこなかったろう」
「確かに」
うながされて、向かいに座る。
「次、当たるんだよな」
「ああ」
会話をしながら、やっぱり女には見えない、と玲は思った。
仕草も言葉使いも顔立ちも声さえも、男らしい、とまでは言えないが女らしさは微塵も感じられないのだ。
(・・・いや、気をつけて見ると少しムネがあるような・・・?)
「そんなに私が女だと信じられないか」
「え゛っ、」
「よく言われる」
「あ、やっぱり・・・じゃなくて、ゴメンナサイ」
「歳も、お前と然程違わないはずだがな」
「え、俺16だけど・・・何歳?」
「17だ」
「じゅ・・・!?」
(17、って、一つしか違わないじゃん!)
なのに何だこの圧力の差は。何だあの強さは!
「はぁ〜、凄いな、それであんなに強いなんて・・・」
「いや、」
玲の感嘆の言葉を制止したミラーノは、どこか悲痛な表情を浮かべていた。
「まだ弱い」
「優勝までしてるのに?」
今度は玲がその言葉をさえぎった。しかしミラーノは机の上に視線を落としたまま呟く。
「駄目なんだ、こんな力では・・・それに、」
「?」
「あぁ、すまない」
玲の怪訝そうな様子を察して、またしてもミラーノは一人で話を締めた。
「こちらの話だ。」
















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