「明日、ですね」
夕食をとっている途中、不意にコーマが口を開いた。
「そう、明日」
愁が言う。
「何かさ、ドキドキするよな。
  うーん・・・緊張してるのかな」
「蒼樹が言うと全っっ然そう聞こえないんだけど」
玲の言葉につっこむ葵夏。
明日。
明日、アリューン村を発つことは、一週間前に決まっていた。
と云うのも、ミラルダさんを拐ってこの辺りを滅茶苦茶にした、ジオとかいう奴の情報が入ったからだ。
『港町コルパから魔物が出現しているらしい』『そこに妙な建物が建っているらしい』と。
で、善は急がないと逃げちゃうぞコラァの法則に従って、一行は出発を決意したのだ。
パーティは玲、愁、葵夏、コーマの四人。ししょーは村を守る為に残るらしい。

「いやー、マジでドキドキしてきた」
ベッドにぼむっと倒れ込みながら玲が叫んだ。
「それが“緊張の”ドキドキなら良いんだけどな」
「・・・バレた?」
「お前の考えてることなんかお見通しだ」
ため息を吐く愁。
ベッドの上でごろごろしながら、今度は喜びを隠さずに玲は言った。
「だってさ、ついに旅立ちだぜ?RPGっぽくてスゲェワクワクするじゃん」
「事の重大さが分かってないな、お前」
「分かってるよ。ただ、“楽しみ”ってのが“重大さ”ってのより大きいんだよ」
「それを分かってないって言うんだよ」
言いながら、愁は半分諦めモードである。玲はいつもこうなのだ。
・・・まあ、それで大体のことは乗り切っているのだから、結果オーライといえばそうなのだが。
そんな愁の思いも知らず、相変わらず玲は足をばたつかせてはしゃいでいる。
「これから先、敵もどんどん強くなってくんだろうなー。
  オレ達ももっとレベルアップしないとな、愁?」
「まぁな」
それに関しては概ね正解だった。現に村をたびたび襲撃する魔物は徐々に強いものになっていくし、遠くの町が幾つか滅んだという噂も聞いた。
もっと早く出発して、道中情報を集めようか、という案も出ていたほどだ。
もっともそれには準備不足がはなはだしかったのだが。
「愁」
またも唐突に、玲が改まった声を上げる。
「何だ、」
「明日から、頑張ろうな」
「・・・ああ」
ふいと、二人は笑った。
「それじゃ、お休みっ。
  灯り、消すよ?」
「OK、お休み」

翌日は快晴だった。
コーマの家のお手伝いのおばさんにもらった真新しい服を着こんで、四人は村の入り口に集まった。
周りには人だかりができている。
人々は口々に
「お気をつけて」
「どうかご無事で」
などと声を掛ける。
「心配なさらないで下さい。私達なら大丈夫ですから。
 皆さんこそ、無事でいて下さいね」
コーマの言葉に涙ぐむものさえいる。
しばらくの間別れを惜しんだ後、コーマの合図で玲達は村を出た。
「・・・なーんかさ、意外とスンナリ出発できたよな」
歩き始めてすぐに玲が口を開いた。
「何か起きても良さそうなモンだけど」
「お前、またそんな事を・・・」
「でもあたしもそう思う」
玲の言葉につっこんだ愁の横から、葵夏が顔を覗かせた。
「出発にイベント戦はつきものだもん。そうでなきゃちょっとしたトラブルとか」
「だよなっ!」
「だから、これはお気楽なゲームなんかじゃ、」
「トラブルなら、起こっているようですよ」
愁のつっこみは、今度はコーマによって遮られた。
三人はきょとんとして顔を見合わせる。
それを尻目に、コーマは足を止めて後ろを見やった。
「ハイドで気配を絶っても、姿を見せてしまっては意味がありませんよ。
 ―――リィール」
「え?」
「へ?」
「リィール?」
玲、愁、葵夏の声が重なった。
気が付けば、50mほど離れた所にリィールが立っていた。
街道沿いの並木が途絶えた辺りで、こっそり物陰に隠れてついて来ていたのが、姿を現さざるを得なかったのだろう。
彼女の手には、身長の半分ほどある白魔道師っぽい杖が握られていた。
「・・・いつから気付いていたの?」
たじろいだように、リィールが尋ねる。
「村を出てすぐに、ね。
 しばらくしたら帰るだろうと思っていたけれど、ずっとついて来るから・・・」
「お兄ちゃん、」
先ほどとはうってかわった強い語調言ったリィールに、コーマは珍しく驚きの表情を見せた。

「私も連れてって」

「リィール、」
「私、役に立つと思うわ。ヒールの魔法も使えるし、
 オグマさん達に教わって、補助系の魔法も覚えたもの」
「でも、リィール、」
「私だって戦いたいの!」
リィールの声が、一段と強くなった。
否。
「お姉ちゃんを助けたい・・・また、皆で笑って暮らしたいの!
 だから、お願い・・・」
・・・・・・泣き出しそうだった。
「一緒に、行かせてあげて」
しばしの沈黙を破ったのは葵夏だった。
皆の視線が葵夏に集まる。
「あたし、少しの間だったけど、リィールにミラルダさんの事とかいっぱい聞かせてもらったの。
 リィールが、どれだけミラルダさんの事好きなのかも分かってるつもり。
 ・・・リィールだって、コーマと同じ気持ちだよ。」
「・・・・・・」
「お願い」
これには、リィールも驚いたようだった。
四人とも、友人のために頭を下げた葵夏を見つめている。
「・・・分かりました」
やがて、コーマが苦笑交じりに口を開いた。
「すまない、リィール。
 そうだね、お前も戦いたいんだね」
「お兄ちゃん・・・」
リィールの、気の詰めた表情がぱっとほころんだ。
其れを見てやっといつもの微笑みを取り戻したコーマは、その笑みを葵夏に向ける。
「有り難うキナツ。
 私は危うく、リィールの気持ちを無駄にするところでした。」
「コーマ・・・」
「なんかさ、『リィールが仲間になった!』って感じだな!」
「今ソレを言うなよ」
相変わらずのボケとツッコミに、五人は笑いあった。
気を取り直して、玲がリィールを振り返る。
「それじゃ、改めて宜しくな!リィール」
「あ・・・うん」

そこで彼女が頬を染めたことは、恐らく誰も知らない。































 
 
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