勝手に御免なさい

               もう一寸だけ、許していて下さい



                     宙に炭酸の気泡が溶けて大気に昼が沈む 



   走る小箱で揺られて、僕は夏の甘やかな湿気に包まれていた

   右腕は冷気に当てられてざわめき、

   右頬は染まる

          太陽の号令と黄昏の気配を練り込んで、月見草の露を振りかけたパン

          オレンジ色が睛の前でちかちかするね


               桃の実のつぶてが三年で育つと云うのなら、

               一体僕は六年でどれだけ成長したのだろうと、其れだけが気がかりで


                    あの道は今も続いているだろうか

                    あの鐘は今も鳴っているだろうか

                    あの鳥は子どもを産んだだろうか

                    あの子は僕を覚えているだろうか



    其れは妙な現実味を帯びて、僕の呼吸器系に響いていた。


                             真の故郷は遠く

                             僕の故郷は其れよりは少し近い



   そして今、窓際の椅子に微睡んで、僕は秋の柔らかな日差しに灼かれている

   左頬は清風に吹かれて波打ち、

   左腕は焦がれる

          月の吐息と黎明の薫りを織り込んで、蒲公英の蜜を散りばめた制服

          ピンクの仔猫が遊んでいるみたいだ


               六年前も君はいた筈なのに、僕は君を三年前からしか知らなくて、

               今も君はいる筈なのに、僕にとっての君は六年前の儘


                    あの川は今も流れているだろうか

                    あの山は今も佇んでいるだろうか

                    あの家は今も立っているだろうか

                    あの子は僕に笑いかけるだろうか


     喉に、喉に喉に喉に喉に

     ぼたり垂れた、雫

   此処からは渚のざわめきも窺えず、

   そしてもう何処からも、あの日の僕達は覗き見られないのだ


               勝手に御免なさい

               もう一寸だけ、許していて下さい



                     宙の細やかな葵が溶けて大気が夜に染まる



            駐車場になった草むらと

            ファミレスになった焼き鳥屋

            知らない橋、トンネル、道路

            改装された君の家


             皆何処に行ったんだろうね


                             真の故郷は遥か、

                             僕の故郷は其れよりは少し新しい



       それでも僕は帰ろう

       あの季節に。







                       「ただいま」を言おう。









































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