ああ、また白コートが汚れてしまった。
配給してもらってからまだ数日だと言うのに…、困ったというよりは面倒と言うのが正しい。
あの何十枚とある書類に目を通し、必要事項を書き込まないといけないなんて。
つい溜息をついてしまうが、起きてしまった事は仕方ない。
潔く諦めて試練を受けようじゃないか。
うわぁ、なんか固まっているよ。
物事に対して少々大袈裟過ぎるパートナーがいる。
否、それは彼に寄って否定されているから違うのかもしれない。
彼曰く『守護者と被護者』らしい。…残念な事に自分が後者なのは重々承知。
けれど、この仕事でそれは確実に可笑しいだろ。
「あのさぁ、今度は何を気にやんでんの?早くしないと怒られると思うけど」
暗さに反響する事なく彼のひとは問う。咎めるとも違う、呆れに近い台詞。
「・・・・・・黒属性煩い」
彼のモノはちらりと一瞥しては間を置かず溜息を吐き出し、呟いた。
彼のひとはソレに一瞬固まり直ぐに噛みつかんばりにいきり立つ。
「なんだよ、ソレ…馬鹿にしてるのかっ!大体、毎回毎回白いのばかり着込むお前が可笑しいだろッ。
普通、汚れにくいのを選ぶだろうが!」
一気に言い放ちぜぇぜぇと荒い息を繰り返す彼のひとに彼のモノはしれっと言の葉を告げた。
曰く「俺によく似合うからだ」と。
まさに目が点とはこの事である。すぐにわなわなと震えだした彼のひとを軽く無視し視線を足元に落とす。
否、正確にはそこに転がる赤みを帯びた人型へと。
かろうじで動く様を眉一つ動かさず眺めやる。
彼のひともそれに倣うように瞳を伏せ緩慢な動作で黒コートの胸ポケットから金属の固まりを取り出す。
「お前がやらないなら、俺がやるからなっ」
苛立たしげに言い捨て、只無機質に先端を人型に突き付ける。
ちらりと視線をやり、見せ付けるように華奢な手が引き金をまさに引かんとした瞬間。
―――乾いた音が鈍く共音した。
彼のひとは数瞬、自分の手の平を眺め、それからゆっくりと振り替える。
「やるなら、早くやれ」
ぽつりと呟き彼のモノの横を擦り抜ける。どうやら明らかに機嫌を損ねたようだ。
彼のモノは溜息をつきその後を追う。
後に残るは静寂と物質となりうせた人型とそれを見つめる猫。
一瞬の間を纏い、全てを知ったかのごとく猫がその金眼を細め悠然と鳴いた。